Column/Interview

PRKS9では大阪に脈々と受け継がれる独自のBoom Bapに敬意を表し、過去から現在に至るまで、この独自の土地柄で培われてきた名盤たちを数回に渡りディスクガイドしていく。

大阪・難波はアメ村にある三角公園。
テニスコートほどの広さの公園の周りには取り囲むようにクラブがひしめく。
この小さな広場こそ、大阪HIPHOPのメッカであることに異論のある人はいないだろう。
この周辺では黎明期からHIPHOPとレゲエが混じり合いながら発展を続け、大阪独自の骨太でファンキーなビートに、レゲエの影響も感じるラップが乗る独自のBoom Bapが築き上げられた。
その血肉は今なおBNKR街道や、あるいはTha Jointzといったアーティストにも受け継がれていると言える。

そんな大阪独自のスタイルを色濃く感じるHIPHOPだが、これまできちんと焦点を当ててアーカイブされたことはほとんどなかったのではないかと思う。

こういう企画は何十枚セレクトしようが「あれが入ってない」と刺されるのがオチなのだが、それでもこうして執筆するのは、大阪に限らず日本のHIPHOPの歴史をアーカイブする作業が足りないと思われるからだ。

30年の歴史を持つ音楽を、一定の視点にフォーカスした上でアーカイブする。
それは、かつてある作品に熱狂したリスナーが現代の同じ血脈を受け継ぐ作品に出合うきっかけになるはずのもの。
あるいはそれは、最近この世界に入ったリスナーがその歴史を有機的に辿るきっかけになるはずのものだ。
過去と現在を線で繋ぐことでHIPHOPシーンは多層的に理解され、過去と未来が繋がる。
シーンとはこうして拡がり、理解されていくはずだ。
30年以上の歴史を持つ日本のHIPHOPをきちんと整理し次世代に繋げる。

この企画はそうした志のもと、まずは大阪を出発点に始めたいと思う。

なお今のヘッズの手掛かりとする観点からも、重要作が多数あるのは承知の上で、可能な限りサブスク配信orデジタル販売されているもの、廃盤になっていないものを中心にセレクトしていきたい。
それでもいくらか入手困難な作品も含まれることになるだろうが、そこはヘッズのディグに賭ける熱量か、原盤権者の再発の動きに託したいと思う。
この企画がそうした動きの火種となれば、これほど幸せなことはない。

1. BAKA de GUESS? 『BAKA MY COLLECTION』(2009年)

サブスク配信 / iTunes / CD販売

大阪のHIPHOP黎明期から現在に至るまで作品を届け続けるレジェンドMCが遂に出した自身名義初の作品。これまでの客演曲やソロ名義での作品を収録したベストMix CDとなっている。その意味で、大阪の黎明期から発売された2009年当時までが辿れる意義深い作品なのは当然なのだが、中でも本作を1枚目に取り上げた理由は、このアルバムが “OWL NITE” を聴くのに現状最もアクセスしやすいアイテムだからだ。 “OWL NITE”のオリジナルは、80年代からDJ TANKOらとのLOW DAMAGEとして活動していたDJ KENSAW (2016年に逝去)が1997年に発売した12インチに収録。

客演としてOwl Nite Foundation’zが参加しており、そのメンバーはラップスタア誕生のプロデューサーであるRYUZOを始め、Oki(現MISTA O.K.I), Hero (現Heero da Joker), Shigechiyo(現茂千代),  Baka-De-Guess?, RYWとなっている。黎明期の大阪シーンの重鎮が勢揃いしたこの曲は“証言”に対する西からの返答とも称される、大阪HIPHOP史における最重要曲のひとつ。ファットなドラムに夜のヒリつきを乗せた上ネタ。その中で展開される各MCのまだラグドな、しかしだからこそ迫力ある90’sなラップ…“証言”と並び称されるのも聴けば自ずと理解出来るだろう。 地下でマグマのように煮え滾っていた大阪HIPHOPがひとつの形として全国に表出したきっかけであり、その意味でも、東京で名を馳せていたMCが一堂に会し怒りをぶつけた“証言”と並び立つ位置付けの曲だ。 “OWL NITE”以外にも、超低速の土臭いドラムスがいかにも大阪的な“WALK THIS WAY feat.茂千代”や、今なお根強い人気を誇るレゲエDeejay・TERRY THE AKI06(2007年に逝去)とBAKA de GUESS?によるユニット・BAKA BROTHERSの音源が収録されていることにも注目したい。後者について、例えば“あるがままに”はこれまた低速かつシンプルなHIPHOPビート。その上で当たり前のようにBAKA de GUESS?のラップとTERRY THE AKI06の迫力ある歌が共存しており、HIPHOPとレゲエが同じ土壌で共存・発展してきた大阪のルーツを伺わせる。また同様に“裏庭どんたく”の90’s然としたエレピが印象的な解放感や、TERRY THE AKI06のHOOKが最高な“HOT BREAKS”など、BAKA BROTHERSによる3曲はいずれもクラシックと言って良い仕上がりだ。 その他にもWORDSWINGAZのRYWへの客演曲や韻踏合組合のHEADBANGERZ(HIDADDY, 遊戯)との曲など、BAKA de GUESS?のシーンにおける生き様を追体験出来る仕上がりとなっている。そのキャリアがそのまま大阪の歴史と重なるMCなので、“OWL NITE”を抜きにしてもシーンの変遷を知る上で良い入門作と言えるだろう。 なお“OWL NITE”はサブスクでもなぜかAMAZON MUSICでは聴けるようなので、まずはこちらから本曲をチェックしても良いかもしれない。(AMAZON MUSICはDJ KAZZ-K作の茂千代Mix CDに収録されたものとなる) 

2. WORDSWINGAZ 『UNDA II OVA』(2000年)

WORD SWINGAZ 『UNDA II OVA』

サブスク配信 / iTunes / CD販売

“OWL NITE”にも参加したRYWとMISTA O.K.Iによる2MCが発表した1stミニアルバム。プロデュースは全編DJ CEROLYが務めた。そのことからも伺える通り、本作以降もWORDSWINGAZはSOUL SCREAMと各所で共演する。但しSOUL SCREAMがファストラップの名手・HAB I SCREAMと小気味良い韻の繋ぎ手・E.G.G. MANによる軽やかな2MCだとすれば、WORDSWINGAZは超ド級のヘヴィー級。ねっとりと絡みつくロウファンクなフロウの使い手・RYWと、スピットした唾が鼓膜に飛び込んできそうなファットなパンチライナー・MISTA O.K.I。

2MCによるとことん土臭い掛け合いを楽しむ、大阪HIPHOPの肝たる、土臭くファンクな流儀のHIPHOPだ。 初めて聴くリスナーに取っ付きやすいのは、歌寄りのHOOKと比較的ハイテンポなラップの掛け合いでラップのぬめりを出来るだけ取り去ろうとした跡が伺える“1本のマイク”。DJ CEROLYの幻想的なビートがチルなBoom Bapとして誰にでも門戸を開いた“万華鏡”あたり。聴き込むうちにこの粘り気と暑苦しさが魅力的に感じてきたら準備完了だ。大クラシック“UNDA II OVA”“遊言導師”あたりの余白だらけのビートの上でのっそりした掛け合いが耳に入るようになれば、あとはもうめくるめくファンクネスの世界が待っている。 本作発表後、WORDSWINGAZはブルックリンヤスが主宰しZEEBRAやOZROSAURUS,般若, SOUL SCREAMを揃えるレーベル・FUTURE SHOCKに唯一の大阪勢として参加。2001年発表の2ndシングル“WESTERN STANCE (BEAT LEGENDS “728 Bounce” MIX)”は、現BACH LOGICの初外仕事とも言われる。

3.COE-LA-CANTH『SWIM STANCE』(2006年)

SWIM STANCE

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 ’00年代中期を代表する伝説的なクルーが唯一フルメンバーで残した1stアルバム。本作のメンバーはK-MOON(現GRADIS NICE), 悠然 a.k.a 赤いメガネ, 吉田daBOOBEE, DJ SCRATCH NICE, DJ OHKUS, OOGAWA, ハタノバドワイザー,ブリケンa.k.aKENTAの5MC3DJ構成。悠然はMCバトルの名手としても知られ、数々のバトルで好成績を収めた(若き日のR-指定とも対戦している)。 今や多彩なビートで日本のBoom Bapを支えるGRADIS NICEだが、この『SWIM STANCE』でのビートは超引き算型。ドラムとベースに手数の少ない上ネタのみで構成されるミニマルな作風はこれぞ直系のBoom Bapだが、ラップとの信頼関係がなければ間延びした曲に仕上げられてしまうリスクも孕む。しかしこれまたあえて間を外したフロウで聴かせるMC陣がどうしようもなくスキルフルかつ魅力的だ。結果としてシンプルかつファットなビートに変則的(だが確かな)ラップが乗る、やはり土臭さとファンクネスという大阪HIPHOPの色が感じられる代表的な作品となっている。 ゴリゴリに韻を踏む訳でも、一聴して分かりやすい超絶スキルを見せつける訳でもない。しかしその音とラップは我々の感覚にのっそりと、しかし確実に入り込み、いつの間にかこちらを虜にする。“わ・か・る?”“Home Coe-La”“どこで”“何回デモ”“下水道”…レコメンド曲を書き出していくと本当に全曲リストアップすることになる。確かなビートと確かなラップを掛け合わせるとクラシックが生まれるという、当たり前にシンプルな方程式を18回繰り返し練り上げられた18曲。今回セレクトした作品群の中でも完成度、後世への影響、共に極めて高い、シーン最重要作の1つだ。 COE-LA-CANTHはこの後アルバム、EPを各1枚発表したのち活動を休止。もはやYoutubeでもいくつかライブ動画が確認出来るだけだが、辛うじてiTunes Storeで購入可能。未聴のヘッズにもなんとか聴いて欲しい、大傑作だ。
なお余談ではあるが、このアルバムに影響を受け現在東京で活躍しているのがKyonCee APartmentだ。
誰かを震わせることで、クラシックは今も生き続ける。
https://www.youtube.com/embed/e5yOWQlsKOU?rel=1&hd=0

4.韻踏合組合『critical 11』(2002年)

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説明不要な関西の重鎮クルーからは、土臭さとファンクネスの観点から最も今回の趣旨に合った1stフルアルバムをピック。(正確にはこの前に各クルーやソロ曲を集めた企画盤がある) 当時のメンバーは、現行のHEAD BANGERZとCHIEF ROKKAの4人に加え、OHYA, AMIDA(現EVISBEATS)によるNOTABLE MC’SとILLMINT(現Minchanbaby)が在籍。ただしエローンザ尋(現ERONE)は諸事情により本作には参加していない。また、トラックメイクは神戸のイルフィンガー・DJ NAPEYとMentolが主に手掛けた。AMIDAがEVISBEATSとしてビートメイカーのセンスを発揮するのは次作『INFUMEMAS EP』(2003年)以降だ。 大胆な”Sucker MC’s”使いにも引き付けられる冒頭の“揃い踏み”で一気に全国区の知名度を得た彼らだが、当時は飛び道具として暴れ回るNOTABLE MC’SとILLMINTをHEAD BANGERZとCHIEF ROKKAが手堅くバックアップするフォーメーションが基本だった。特に“ポアゾン”“ノータブルーム”など、OHYAとAMIDAのキレの良いライムがとにかく聴いてて楽しい内容になっている。作品のラストもこの2人によるとにかく踏みまくる“ChiChi’N-PuiPui”でファニーに締めてしまうあたりにもその勢いが伺えるだろう。 他方で“HEAD BANGER”でのHEAD BANGEZや、“Golden Time”のSATUSSYソロなど、両陣営がストイックに作品を引き締めている。
それもあってどっちらけた印象にならないあたり、クルーとしてのバランスはやはり非常に良かったのだろう。
(NOTABLE MC’SとILLMINTが抜けた現在のクルー構成も非常にバランスが取れているあたりは流石だ)全員勢揃いした“CRITICAL 11”がMentolの無機質なトラックで思いのほかクールダウンした仕上がりなあたりも懐の広さを感じさせる。ミンちゃんとEVISBEATSという今となっては垂涎物のタッグ・ヤットデタマンによる“ヤットデタマン”もあったりと、とにかく語り尽きることのない快作だ。  

5. ZIOPS『PROSTYLER』(2009年)

PROSTYLER

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2002年に活動開始した、醍福とDAN-LDK、DJ KILLER SOULによる2MC1DJクルーの唯一のアルバム。元々は本作にも“STEP UP”で客演しているBENZOW, TOMEE, KAMIHEYと共に鬼乃居ヌマニ鬼畜鉄道として、先述のCOE-LA-CANTH『SWIM STANCE』にも客演していた。よってCOE-LA-CANTHとは近しい関係にあり、本作もCLC RECORDSからのリリースであるほか、“ヒッショウエイト”にてCOE-LA-CANTHも客演。ビートもクルーのDJ KILLER SOULが中心であるものの、K-MOON(現GRADIS NICE)やシーンのOG・DJ AK、DJ SOOMAら錚々たるメンツが揃っている。 酒焼け声で小気味よくフロウする醍福と高音で歌い上げるDAN-LDKのバランスも良く、両者ともに(特にLDK)レゲエからの影響を隠さずBoom Bapに落とし込むスタンスはまさに大阪ならでは。食べたいラップが食べたい音で食せる、ある意味でCOE-LA-CANTH『SWIM STANCE』と並んでシーンの特徴をコンパイルした作品と言えるだろう。 前述の“STEP UP”“ヒッショウエイト”が盤石の仕上がりなのは言わずもがな、SUPER-Bの入りが完璧な“サイゴニハ”も「らしい」ホーンが鳴り響く快作だし、“ALL NIGHT JAM”のノリの良さも最高だ。Kool & the Gangの使い方が抜群にチルい“PROSTYLER”に、逆に引き算型のファンクビートがド渋な“ACCES BOMB”と、良曲を挙げるとキリがない。現行のシーンにおいて見過ごされがちな作品の中でも、大阪の空気が詰まった作品として最も再評価されるべき名作のひとつだろう。 

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2020/11/25 Text by 遼 the CP

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