Column/Interview

PRKS9では大阪に脈々と受け継がれる独自のBoom Bapに敬意を表し、過去から現在に至るまで、この独自の土地柄で培われてきた名盤たちを数回に渡りディスクガイドしていく。

今回は本流直系の大阪Boom Bapクラシックにも焦点を当てつつ、初めて大阪府外の作品や、Trap / Drillスタイルの作品を取り上げている。
このHIPHOPが今なお多方面に影響を持ち続けていることが確認出来るはずだ。

大阪Boom Bapの血脈①はこちら
大阪Boom Bapの血脈②はこちら
大阪Boom Bapの血脈③はこちら

16. CHAO-BASS『DAY’8』(2020年)
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大阪Boom Bapの最新かつ凶悪な進化系として、II KINGZからCHAO-BASSのソロアルバムをピック。II KINGZは大阪ストリートと南米のソウルが生みだした最終兵器クルー。メンバーはCHAO-BASS, VZ, Planet J, DOGG¥FLAKOの4MCで、LIVE DJを岸和田のRISE UP SOUNDからMARIFARLEYが務める。II KINGZとしてはシングルやMVを幾つか残しているが、全国区でのまとまった作品はこのCHAO-BASSのアルバムが初となる。BNKR街道のJASON Xが全曲をプロデュースした。 大阪では既に極悪な多国籍Drill集団として名を挙げており、これから確実に全国でブレイクするであろうII KINGZだが、注目すべきはやはり大阪Boom Bap的なバックボーンだ。彼らの楽曲はTrapやChicago Drillを主軸としているものの、独自の魅力的なスパイスとして確かに90’s HIPHOPカルチャー、かつレゲエとの接近という大阪Boom Bapの流れを受け継いでいる。そしてこの『DAY’8』は、そのルーツを色濃く確認出来る好作に仕上がっている。CHAO-BASSのラップが最新型ながらも、大阪弁特有の訛りとどストレートなリリックの組み合わせによる破壊力という黄金律を形成してる辺りにも、なんとなく「ぽい」匂いを感じ取れる。 前半の“ADDICT”からしてその傾向は顕著だ。この曲の名義はBNKR街道のJUNKYであり、コテコテの大阪Boom Bap集団の首謀の曲にCHAO-BASSが客演した形となる。この組み合わせの時点で大阪においてTrap/DrillシーンとBoom Bap界隈がアメ村を軸に融合していることを確認出来る。(BNKR街道については「大阪Boom Bapの血脈②」を参照)曲自体もBrooklyn Drillを下地にしながら、後半になるとワブルベースが轟きEDM感まで加わる凶悪な仕上がり。改めてJASON Xの才能に驚かされる。続く“日曜日”もII KINGZからPlanet JとDOGG¥FLAKOが参加した、チルなのに不穏な空気がオリジナルなTrap。このような形で、アルバムの前半においてはいつものII KINGZらしい音楽性が提示される。そして後半に進むにつれ、背後にある大阪Boom Bapの骨格がより見えてくる。 自身の半生をしんみりと振り返る“メモ”、II KINGZからVZが参加してボースティングスタイルにネジを巻きなおす“Skit -VZ Comeback “2021”-“という短尺2曲を経て、後半はリミッターを外した全部曝け出した戦いが始まる。その中で象徴的なのが“Shot Dem Police”だろう。NOISE VIBEZを客演に迎え現行のレゲエシーンとも接合しているあたりに、大阪Boom Bap的なルーツがDrilシーンまで続いていることが確認出来るのは貴重だ。ちなみにそうした文脈とは関係なく、本曲はNOISE VIBEZがとにかく怖いので必聴。他のF**k Da Policeものとはキレ方のリミッターが違う。 以降はBOILRHYMEからTRASHを迎えた“FUCK DA”(この人選もまた示唆的だ)から、アルバムの音作りは一気にBoom Bap寄りにシフトする。それが“メモ”以上にHIPHOPに掛ける思いや葛藤を語る“DAY’8”, またもやBNKR街道から大和梵人を迎えた“Wasup”あたりにBoom Bapならではの魅力を与えていることは、純粋にアルバム構成の巧さとして特筆すべきだろう。大阪において、「大阪Drill」を掲げるII KINGZのような存在にも大阪Boom Bapの血脈が流れており、蓋を開ければレゲエもファンクネスもバチバチな世界が飛び出す。『Day’8』はアルバム自体の完成度としてはもちろん、そんなルーツを確認出来る作品としても大阪内外で注目されるべき1枚だろう。

17.Romancrew『The Beginning』(2007年)
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ALI-KICK, エムラスタ, DJ TONKOW, 将絢から成るRomancrewが、東京を拠点に移していよいよ全国区に登場した(一応の)1stアルバム。なお旧メンバーに村上水軍がMCとして所属。また、将絢は2012年に脱退しソロとして活動する。Romancrewは、本作の発表までに伝説的なコンピレーションシリーズ『Home Brewer’s』シリーズへの楽曲提供、テープアルバム『How To Fly』の発表(CD版もあり)、『mi familia』『Fly High』等のいずれも傑作を発表している。その大阪Boom Bap的な文脈をダイレクトに感じ取るには、例えば最もジャズ・ファンクの源流に近いことをやっている『How To Fly』が適当だったりするのだが、現在のリスナーの入手難易度も考慮し『The Beginning』をピックしたい。

この満を持しての全国デビューアルバムは、源流であるブラックミュージックの影響、そして何よりHIPHOPの魅力を損なわず、それでいて全ての音楽好きに門戸を開いた名作だ。一度聴けば忘れられないサックスがトレードマークでMV化もされた“Cross Road”が代表作として取り上げられがちなのは納得。だがむしろその他の曲での、ブラックな質感と、誰でが聴いても楽しいひとさじ分のポップセンスにこそ黒光りな魅力が詰まっている。例えば“異国の匂いのする女”もそのひとつ。80年代エレクトロファンク的なベースと抑えたドラムス、そして将絢のメロウボイスの三軸で、失恋系のナンパソングがここまでアシッドに染まるのかという驚き。同じくベースが主導するビートに将絢のメロウボイスで成立させた曲としては“Sir Dick”も外せない名曲だ。この曲もまた、歌っている内容は要するに「いまヤッてる」ということだけなのだが、その比喩表現の詩的表現、曲を染め上げる洒脱な雰囲気で全員を頷かせてしまう。言ってることは酷いのに、ワードプレイとビートセンスで上手くだまくらかして気持ち良く聴かせるのもまたHIPHOPゲーム的で最高だ。 客演のRhymesterが結果的にはいなくても良いくらい3MC、特にエムラスタのファンキーなフロウが跳ねる“スウィンギーボンボン”や、逆に客演のTARO SOULが過去最高のHOOKを残した“Forever”(名仕事!)など、当時の彼らの絶好調ぶりが伺える好曲がズラリと並ぶ。「大阪Boom Bapの血脈③」で触れたJambo Lacquarが大阪Boom Bapをメロディアスな方向に引き上げた存在とするならば、Romancrewはよりソウルフルかつダンサブルな方向に引き上げた存在と言えるかもしれない。それが大言でないくらいに当時の彼らの人気・影響力は絶大であり、次作『DUCK’S MARKET』(2008年)では客演にKREVAやコヤマシュウ(スクービードゥー)を迎えながら、見事に自分たちの領域で勝負し切った。 Romancrewは将絢の脱退後も『トラジコメディ』(2014年)等の力作を発表していたが、現状は実質活動を停止している。しかし00年代後半からのヘッズに話を聴いてみて欲しい、きっと全国区で100人中99人がRomancrewのファンだ。(残る1人は将絢のモテ具合を見てアンチ化した元ファンだ)それくらい大きな爪痕を残したものの、その独自性・高次元性ゆえに、現状はその名を辿る文脈が消滅しかけているクルーでもある。ソロでの個々の活動は継続されており素晴らしいものがあるだけに、クルーとしての功績と、シーンにおける位置づけを本連載で再定義することで一種の手向けと出来れば幸いだ。ぜひ今からでも手に取り、その魅力を発見してほしい。

18.BOMGROW『MADE IN DOPE』(2009年)

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BOMGROWはYOSUKEとHIRO(のちにHr.Stickoに改名)の2MCから成るベテラングループ。2000年に他のメンバーと共にRAGING RACINGを結成し、2002年には傑作『RR大辞典』を発表、伝説的なコンピアルバム『Home Brewer’s 2』にも楽曲提供するなど活躍するが、2003年に解散。その後残った2人で結成したのがBOMGROWとなる。本作はそんな彼らの(手売りCD-Rを除いて)初のフルアルバム。プロデュースはMr. FUKUSANとBONSAI RECORDの主宰であり大阪のレジェンド・DJ A.Kがほぼすべてを手掛けた。 なんといっても、大阪の超名門レーベルであるBONSAI RECORDからリリースされた最初のオリジナルアルバム作品がこの『MADE IN DOPE』だ。それはすなわち、大阪Boom Bapの中でここが1丁目1番地であることを意味する。BOMGROWの2人が育ったのは大阪の泉州(=堺市、岸和田市などから成る大阪南西部の総称)。そこはレジェンドDeejay・BOOGIEMANを輩出し、大阪でもレゲエの勢力が強い街として名を轟かせるエリアだ。この土地で育った2人はまさしくレゲエバイブスを受け継いだHIPHOPを貫き、純度の高い大阪Boom BapスタイルのMCとしてキャリアを積み上げる。RAGING RACINGからしてその傾向が非常に強いのだが(今後紹介予定)、この『MADE IN DOPE』は、『RR大辞典』よりも大阪Boom Bapの純度を高めるべく、上手くアク抜きされた1品だ。 ひたすら4分音符で言葉を乗せるロウボイスなYUSUKEと、かなりレゲエ的な歌心を加えたフロウを聴かせる高音のHIRO。2人のスタイルと組み合わせが自然とそうさせるかの如く、ビートも基本的にスロウかつファットな90’sスタイルで貫かれている。そのSlow But Fatなスタンスが生み出すのは決して緩慢さでなく、確かに醸成されたファンネスと噛むほどに広がるドープなスメルだ。(細かな韻の置き方など、確たるフロウを持っている中で小技も効かせる巧さにも注目されたい)冒頭の“BOM GROW”“現状打破”などはその代表例で、とにかくスロウで一本調子なのに、どうしようもないカッコ良さが充満しており何度でも聴けてしまう。2020年に遂に1stアルバムをリリースしたサラムライを迎えたマイクリレー“ART SIDE”でもそれは同様で、マイクの持ち手が変わっても、良い意味でスロウな展開が崩れない。これは大阪Boom Bapに通底する哲学だと実感させられる。 だからこそ、例外的に早めのBPMでホーン隊も煽る表題曲“MADE IN DOPE”, BAKA de GUESS?を迎えた“HARD WORK”なんかも新鮮で楽しく聴ける。そうして変化を加えつつもスロウなペースで進める中、ラストの“南海LOVER”でそれまでと変わらない朴訥としたテンションで地元や友達への愛を語るのだが、そこに却って嘘偽りのない実直さが見えてジーンとするという逆説的な仕掛けまで効いてくる仕様だ。派手さやこれ見よがしなメッセージ性とは無縁。
スロウペースで、HIPHOP・レゲエ・ファンクの骨格だけで出来ているからこその機能美。このミニマルな魅力に惚れ込めば、あとはもうめくるめく大阪Boom Bapの世界だ。

19.DJ NAPEY 『ILLFINGER』(2003年)
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レゲエ、ファンクネス、Boom Bap…これらの要素が一定の配分で混ざり合った存在を物凄く乱暴に「大阪Boom Bap」と呼称してきた訳だが、このスタンスのHIPHOPは他の関西圏でも確認出来る。その代表例の一つが、神戸を拠点とするDJ NAPEYの傑作1stアルバムだ。客演には『Critical 11』でDJ NAPEYがプロデュースした縁もあり、オリジナルメンバーの韻踏合組合が全面的にフィーチャー。ポッセカットのみならず、インナークルーによる曲も贅沢に配置されている。その他にも大阪からChikara The MC, RAGING RACING, 岡山からはYOUTHと、同質性を持ったラッパーが所狭しと集まった。関西圏外の方には馴染みがないかもしれないが、神戸の中心街である三宮と、大阪の中心街である梅田は電車で約30分の距離。ジャンルとしての「大阪Boom Bap」は、神戸と大阪のアーティストが気楽にクロスオーヴァーする中で、大阪の外でも育まれていったことが確認出来る作品だ。 その最も象徴的な曲が、冒頭の“罵美論”だろう。恐らく神戸ローカルのアーティストと思われるASIAN SUCK,LUA, Z蔵という食い合わせのこの曲は、まさしくレゲエの影響を強く感じるフロウが映える、(しつこいがジャンルとしての)大阪Boom Bap的クラシックだ。筆者自身も詳しくないためASIAN SUCKらについての詳細を知っている方がいれば情報を待ちたいが、この「ローカルMCにまだまだヤバい奴らがいた」という得体の知れなさが本作の魅力でもある。大阪の著名アーティストに混じって、恐らく神戸のアーティスト達がそれに全く負けない食い合いを演じる。それを支えるDJ NAPEYのトラックも非常に無機質かつ骨格的で、それが本作に一種の退廃的なアングラ感を与えている。ゆえにラップに代表されるアートスタンスは紛れもなく「大阪Boom Bap的」なのだが、トラックメイクの味付けが特殊であるがゆえに、ビートとしては土臭いファンクネスを特徴とする大阪とは異なる、神戸の地域性が充満する。 例えばどちらも大阪の名MC・Chikara The MCが客演した“パイプライン” “致死量~混ぜるなキケン~”などはその乱暴なドラムスとザックリしたグルーヴ感が大阪産とは別の魅力を植え付けている好例だろう。

かと思えばDJ NAPEYも所属するQuarter Notesなどの神戸勢を迎えた“Lyrics is” “廟(神_戸)裏”なども、その無機質な音とレゲエ感あるラップが大阪とは別のスッキリした聴き易さを生んでいたりしていて、明確にDJ NAPEYの音を伝える以上に、神戸式のBoom Bapを示す気概に溢れた作品であると感じられる。 ここまで本連載で取り上げた音源を追ってきたリスナーなら、聴けば大阪との同質性、そして相違点が明確に音から感じられることだろう。ラストの“みんなのうた”で客演した全MCによるマイクリレーがあったりして本作はピースに締められるのだが、本作はやはり「神戸のBoom Bap」を知らしめる矜持を持った戦いの1作であったのも事実だろう。DJ NAPEYのそんな気概が伝わる、大阪・神戸双方の魅力を引き出した魅力的な傑作に仕上がっている。このILL FINGERを見くびんな。

 20.INSIDE WORKERS 『GREEN ART』(2009年)

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こちらもBOMGROWと並びド直球の大阪Boom Bapが体現された1作。
INSIDE WORKERSの2ndアルバムだ。2000年に結成された彼らの本作発表時のメンバーは、ZIM BACK,SUPER-B,W-MOUTH,GASSの4MCと、主にトラックメイクを手掛けるDJ SOOMAによる5人組(のちにSUPER-Bが脱退)。本作はDJ SOOMAのこれまた名作『攻撃重視』(2006年)やCOE-LA-CANTH主導のコンピレーションアルバム『COE-LA-CANTH meetz ROYALTY』(2007年)を経て発表された本作。直球型の大阪Boom Bap最盛期とも言える2000年代中期の空気をたっぷりコンパイルした、満腹サイズの16曲67分だ。 表題曲の“GREEN ART”からして裏打ちのリディムにゆるーく乗るオーセンティックさで好きモノには堪らない。“SURVIVE”でHOOKでドラムレスにシフトしてゆるく歌うあたりでも、大阪Boom Bapの血がDNAで刻み込まれたグループだと実感出来る。そんなローテンションはレジェンドMC・茂千代を迎えた“CRAZY Pt.2”でも変わらない。2分音符のドラムに間延びさせた声ネタが響くなんとも緩やかなのだが、その実最高にぶっとく、ラップもハード。こんな両面性がこのジャンルの魅力のひとつでもある。加えて、マイクパスする度にフレッシュなフロウが飛び込んでくるのがスパイスとして作用しているのもまた、INSIDE WORKERSならではの魅力だ。確固たるクルーよりもゆるやかな個人軍の集まりといった趣の強い大阪において、こうした多人数クルーの存在はその意味でも貴重だった。 他方で自身のレーベルをRepresentする“闇雲SUNRISE”で見られるゴリゴリのファンクネスや、疾走感溢れる冒頭の“LET’z GO” (溜めに溜めて出てくるSUPER-Bが最高)など、どこをどう切っても大阪Boom Bapの尽きることのない魅力が出てくる。ここまでの作品群で大阪Boom Bapの魅力に取り憑かれたリスナーにとっては全部乗せの1枚だろう。  

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2020/12/18 Text by 遼 the CP

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