Column/Interview

かつて「どの口が何言うかが肝心」という金言を残したのはMaccho(“Beats & Rhyme”)だが、Moment Joonの『Passport & Garcon』を名作たらしめる理由も、正にそこにあると思う。無論、「何を言うか」は重要だが、「誰が言うか」こそがオリジナリティであり、もっと端的に言えば「当人が語るべきストーリーであるか否か」が肝なのだ。その点でMomentだからこそ語ることの出来る特別なストーリーが『Passport & Garcon』には確かに存在する。(ある意味こういう話をMomentに語らせてしまうこと自体がこの国の問題でもあるのだが)

コンプレックスやストレスとしてのバックグラウンドを、オリジナリティという唯一無二の武器に見事に変換してみせた「HIPHOP的逆転劇」。Moment曰く「日本にケンカを売る作品」。確かにその側面も否定しないが、そんな作品がどのような経緯を経て生まれ得たか。『Passport & Garcon』はもちろん、デラックス盤もそれ単体で十二分に楽しめる作品には違いないが、これまでの作品を知ることで、その魅力をさらに深く味わえることだろう。

前編はこちら

『Season Of Letter』『Season Of Bullet』(2014年)

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兵役期間を終え、除隊後に晴れて発表された本格復帰作。
兵役期間中に書き溜められた本作のリリックは、例えば直近の『The Game Waits Me』シリーズ(2013年)よりも更にコンシャス&コンセプチュアル。
のちの『Passport & Garcon』(2020年)に地続きと言えそうな楽曲も早くも確認出来る。
先駆けて発表された”Fight Club”(本編には未収録)での名指しの挑発行為は確かに衝撃的だったが、本作の注目度をより高めるためのリードパンチと考えれば、Momentの目論見は大成功と言って良い。
中でも、ナショナリズムに中指を立てる『Season of Bullet』冒頭の“Burn Flags”は、以降の自身の活動スタンスを明確に示した名演だ。
“Sing About Me”のアウトロで吐露される葛藤なども、『Passport & Garcon』と合わせて聴いて欲しい。


『MOMENTS』(2015年)

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『Passport & Garcon』が1stと紹介されているのを度々見かけるが、Moment名義の頃から数えると、2015年発表の本作が初のフィジカル作品にして1stアルバムだ。
弱みやコンプレックスも含め、自身を構成する様々な要素を切り取った本作は、名刺代わりとなるデビュー作の在り方としてある意味で正解なのだろうが、故に『Season Of Bullet』で聴かせたポリティカルなメッセージ性は後退し、テーマの主軸はよりパーソナルで内省的にシフトした。
SF映画・Gravityからインスパイアされたというサウンドもリリックもスペイシーな“HOLD YOUR BREATH”や、胸の内を包み隠さず独白する“CONFESSION”辺りと対を成すように、カースワードを多用して猛々しく振る舞う“SH! B@L N0M”や、仲間と共に裏ビデオばりにリアルなセルフ・ボーストを決める“ILLEAGLE”が在ったりと、一見すると共存し得ないようないくつもの感情が同居した作り。
これを散漫と感じるか、そんな自己矛盾こそが人間的と捉えるか。
Moment自身の内面を描き出した、正にタイトル通りの一枚だと思う。


『Immigration EP』(2019年)

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WREPのMCバトル企画、MURDER GPへの参戦が在ったとは言え、まとまった作品としては『MOMENTS』以来、実に4年以上のブランクを経てのEP。
自身の住所を晒し「文句があるなら会いに来い」と歌う冒頭の”井口堂”に、ECD “Go!”の面影を見たリスナーは筆者だけではあるまい。
日々の憤りを爆発させる“マジ卍”や、好戦的な“ImmiGang”があるかと思えば、内省的な“Mother Tongue”“Hold Me Tighter Rev”辺りではいち人間としての弱みも隠さない。
次作収録の“Home / CHON”を彼女 = ナターシャの視点から観たような“Natasha’s Song”, 現実とファンタジーが入り混じる情景的な“Getaway Bike”など、これまでの作品群と次作を繋ぐブリッジとして申し分無い内容だろう。
Moment曰く「『Passport & Garcon』のアペタイザー(前菜)」とはよく言ったもの。正に、だ。


『Passport & Garcon』(2020年)

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筆者が思うに、本作は非常に「相対性」を意識した作品。
入国前と入国後(“KIX / Limo” = 関西国際空港 / リムジンバス)、ラブとヘイト(“Home / CHON”, ”Losing My Love”)、子供と大人(“Garcon In The Mirror”)、日本と韓国(“KIMUCHI DE BINTA”, ”Seoul Doesn’t Know You”)、日本語と英語(“MIZARU KIKAZARU IWAZARU”)、日本人と外国人(“KACHITORU”, ”Hunting Season”)など、移民者ラッパーとしてのMomentを取り巻く様々な環境が相対的に語られていく。
明らかに行き過ぎた偏見をジョークにした一幕だったり、アルバム一枚を通して少年(Garcon)が大人に、精神的な成熟をドキュメンタリックに描くなど、センシティブなトピックをエンターティメントとして昇華している点も素晴らしい。
しかし何よりも、バビロンに対して長く握り締めてきた拳がついには開かれて掌に、固く閉ざした心が様々な葛藤の末、最後の最後に開放されたような、トリを飾る”TENO HIRA”のカタルシスとしか言いようのない感動は、他の作品では得難いものだと断言できる。
本編に先駆け、シングルとして発表された”BAKA”, ”令和フリースタイル”(本編には未収録)もアルバムのプロローグとして『Immigration EP』と共に十分な役割を果たしていると思う。
改めて、傑作だ。


『Passport & Garcon DX』(2020年)

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フィジカル・リリースにあたり、先だってクラウドファウンディングで支援を募っていた2ndアルバムのデラックス盤は、通常盤から既発曲に客演陣を追加+2曲追加した特別仕様。
客演メンツを投入し、華が増した“KACHITORU”, “DOUKUTSU”はともかくとしても、正直なところ、本編の構成として“TENO HIRA”でのベストな着地と言える大団円を先に見せられているだけに、“ImmiGang”の続編的新曲と言えそうな“Apocalypse”, あっこゴリラと鎮座DOPENESSを新たに迎えた“BAKA(Remix)”の2曲は、あくまでボーナストラックと捉えるべきだろう。
ただし、後者は“TENO HIRA”とは全く別角度からのMoment流儀なECDレクイエムで、客演メンツの参加により祭感が大幅アップした、明らかにオリジナル・バージョンを凌ぐ破壊力増し増しの仕上がり。
本編のエピローグとして軽く片付けてしまうには、あまりにも強烈過ぎる一曲と言えよう。

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2021/02/18 Text by Vinyl Dealer for vinyldealer.net (Twitter)

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